ときどき「競り上げではなく、AIで土地を値付けして売ればいいじゃないか」と言われることがある。不動産やオークションに詳しい人からではない。これだけ社会がAIブームだと、そんなことを口にしてみたい人も現れるのだろう。結論からいうと、私は競り上げに軍配を上げる。こんなことは少し考えると当たり前なのだが、丁寧に説明する価値はあると思う。
AIは過去の価格データをもとに、現在の価格を推定する。これには少なくとも三つの弱点がある。
Zillowという米国の有名なAI不動産企業がある。この会社はAIで不動産の値付けをすることを売りにしていたが、正確性への批判が絶えない(例えばSherman, E. “What Zillow’s failed algorithm means for the future of data science” in Feb 2, 2022, Fortune Education)。昨今のAIブームはいたずらにAIを有難がる風潮を生んでいるが、それら風潮の多くはAIを万能神のように仮定したうえで成り立っている。
もし機械を有難がりたいのであれば、競り上げ式オークションという機械を有難がればよい。オークションの研究者から見ると、競り上げ式オークションは人間を部品として用いる機械だ。どういう機械かというと、価格発見装置。
競り上げ競争では、価格が上がるにつれて、参加者が降りていく。「自分が支払ってよい最大の価格(最大支払意思額)」に達すると、参加者は降りる。そして終盤に二人が残って、そのうち一方が降りたとき、価格が確定して、残った一人が買手となる。この価格を発見するプロセスは一種のアルゴリズムとして描けるし(一般化されたGale-Shapleyアルゴリズム)、実際オークション理論では競り上げ式オークションを機械のようにとらえることが多い。
競り上げ式オークションもAIも、ともに何らかの情報に基づき価格を算定するわけだが、両者が用いる情報はまるで違う。
そして、いまの価格を決めるのは、AIが依拠する過去の売買データではなく、いま購入を希望している当事者の最大支払意思額だ。このように情報利用の観点から見ると、競り上げ式オークションのほうがAIよりも、いまの価格発見に適していることが分かる。
競り上げ式オークションは、見た目よりも「機械」の要素が強い。ただそれは人間を部品とする機械だから、機械として見えにくい。機械を好きな人は、AIだけでなく、競り上げ式オークションを愛好してくれてもいいだろう。とりわけ高額な商品の売買に際しては。
坂井豊貴(さかい とよたか)
(株) デューデリ&ディール・
チーフエコノミスト
慶應義塾大学経済学部教授、(株) デューデリ&ディール・チーフエコノミスト。
米国ロチェスター大学経済学博士課程修了(PhD)。
プルデンシャル生命保険・社外取締役Economics Design Inc.取締役を併任。
多くのWeb3企業でアドバイザーを務める。著書『多数決を疑う』(岩波書店)は
高校国語の教科書に所収。オークション設計、評価アルゴリズムの設計などを専攻。