2025.07.23 メルマガ

D&Dの不動産メルマガ【2025年7月号】慶大教授特別寄稿・「お金がこわい」話

お金がこわい。「まんじゅうこわい」のように、私にお金をもってこいという落語の話ではない。たんに私はもう、円やドルといった法定通貨をもっていたくない。そうしたいわゆるお金は、できるだけ金や銀やビットコイン、あるいは不動産に換えてしまいたい。これからどんどん法定通貨の価値は下がると信じるからだ。
なお、本稿で私が書くことは、すべて私の個人的な考えである。投資の推奨や勧誘をするものではなく、内容の正しさを保証するものでもない。投資は自己責任でするものだ。だが世の中にはそうとは考えられない人が一定数いて、おそらくはそのような人が政府にバラマキを求めるから、以下で書くようなことが起こる。

参院選での各党の公約には、給付金や減税が並んでいる。バラマキ勝負が全面化している。与党は1人あたり2万円の給付金で、これにかかる費用はおよそ3兆円台半ばという。石破首相は、財源は一般会計の昨年度からの「上ぶれ分」等であり、赤字国債には依存しないという。しかし日本の一般会計は多額の赤字国債に依存しており、給付金が赤字国債に依存していないという意味が分からない。
米国では「一つの大きく美しい法案(One Big, Beautiful Bill)」が可決された。トランプ大統領の強烈なリーダーシップによるものだ。この法案には大型減税、不法移民対策、低所得者層への支援削減、気候変動対策への費用削減など、トランプ政権の主要政策が網羅されている。今月初頭、米議会予算局は、この法案が2025年から2034年の間に、3.4兆ドル(約490兆円)の赤字を招くと試算した。
国や政治形態に関わらず、民主主義においてはバラマキが起こる。ノーベル経済学賞に輝いたジェームズ・ブキャナンは、かつてこのことを「赤字の民主主義」と呼んだ。嘆かわしいことかもしれないが、おそらく赤字の民主主義は鉄の法則だ。法則を変えようとするよりも、受け入れて自分に最適な行動をとる方が賢明だろう。では最適な行動とは何か。私は法定通貨を「人間が総量を変えられないもの」に変えることだと思う。例えば金や銀やビットコイン、そして不動産だ。もちろん不動産は将来性があるものでないといけないが、大まかなジャンルとして。

赤字の民主主義を可能とするのは不換通貨だ。金や銀といった実物の裏付けをもつのが兌換通貨で、そうでないのが不換通貨。円やドルをはじめとする各国の法定通貨は、すべて不換通貨だ。不換通貨は、発行するために金や銀を必要としない。だから中央銀行は発行しやすいし、柔軟な金融政策をとれる。バラマキの補助もできる。どういうことか。
政府が財政赤字を実現するには、借金となる国債を金融機関に買ってもらう必要がある。これを中央銀行が市中で行うのが、いわゆる「買いオペ」だ。中央銀行が市中で買いオペをしてくれるなら、金融機関は政府から国債を買って、それを市中で売ろうとしてくれる。
中央銀行が多量の買いオペをすると、多量の法定通貨が市中に増える。バラマキの補助として買いオペをすると、それが起こる。法定通貨の市中での量が増えるとは、法定通貨の市中での希少性が下がることを意味する。よって人が法定通貨をモノやサービスと交換するためには、これまでより多くの法定通貨を支払わねばならなくなる。これが物価高(インフレ)だ。

今後の数年間で、ドル安と米国のインフレは相当進むのではないか。トランプ大統領は、ドル安を歓迎する方向のようだし、次期FRB(連邦準備理事会)長官は利下げをする者だと公言している。ドル安とインフレを止める圧力が高いとは考えにくい。
世界的ベストセラー『金持ち父さん、貧乏父さん』の著者ロバート・キヨサキは、際限なく市中に出続ける不換通貨に批判的だ。不動産や鉱山で大きく稼いだ彼は、ドルを手元に置かず、金や銀やビットコイン、そして不動産を資産にもつことを推奨する。キヨサキはトランプの盟友で、これまでお金に関する二冊の共著書を公刊している。おそらくはキヨサキにもトランプにも、「お金がこわい」は当たり前のことなのだ。落語の「こわい」は笑い話だが、ここでの「こわい」は真夏の怪談のように冷ややかだ。

執筆者:坂井豊貴
慶應義塾大学経済学部教授、(株)デューデリ&ディール・チーフエコノミスト
【略歴】米国ロチェスター大学経済学博士課程修了(Ph.D)。オークション市場、売買ルール、集合知を求める方法などの設計を専攻。主著『多数決を疑う』(岩波書店)は高校国語の教科書に収載。デューデリ&ディールでの取り組みを解説した著書に『メカニズムデザインで勝つ』(日本経済新聞出版)。