2024.07.29 専門家コラム

第74回 【家族信託について③】

(前回からのつづき)
梯子を外され・・・
緊急事態発生!予想外のことが起こります!受益権分離型(複層化)信託が組成可能というのがS信託銀行に移籍する理由の一つでした。が、
「こんな信託スキームは前例がない、やりたければお前が主導して構築すれば?」ということになります。絶体絶命です!
本で紹介されていた信託スキームは理論上のことで、実務でワークするかどうか検証されないまま紹介されていたのです。そんなこと知る由もありません。著者は経験もないのに本で紹介する、これが現実だということ思い知りますが後の祭り。ここでも理論と実務にギャップがあることを痛感します。
途方に暮れる中、ダメもとで事務方のトップの女性役員(フランス人の社長、副社長に次ぐ存在、日本人)に泣きつきます。
「うちはプライベートバンクなんだから、本当はこういうスキームをやりたいよね」
「税務の稟議を通すのが大変だけど、稟議さえ通してくれれば実務面は私が責任を持って構築します」
と言ってくれます。地獄に仏とはこのことでしょう!
ここから税務稟議を通してスキームができるまでに様々な経験をします。それだけで本が1冊書けますのでここでは割愛させて頂きます。
税務稟議が通り、実務面でいろんな部署のスタッフがあらゆる角度からアドバイスをしてくれます。様々な部署のスタッフから長年蓄積した信託実務上のノウハウを共有させて頂けた訳です。それでも、受益権分離型信託を銀行の正式なサービスとして私のクライアントで受託するまで、移籍してから実に1年2ヶ月もかかります。今思えば、その時、受益権分離型信託があっさり構築できていれば、今の私はありません。1年2か月間、寝ても覚めても、頭の中はその信託スキームのことだらけでした。相続バカでしたがいつしか信託バカにもなっていました。

伝説的信託会社へ
S信託銀行には約5年在籍します。受益権分離型(複層化)信託は一般的に知られないまま、受託件数は着々と積み上がります。そして2012年12月初めに辞表を提出。独立系F信託に移籍するためです。その時点では独立系F信託の監督官庁の登録が決まっていません。ある意味、ギャンブルでした。が、12月28日に金融庁HPで登録が発表されます。2013年2月にF信託(奇しくも本社はD&D様と同じ有楽町電気ビル南館でした)に移籍、フロントを任され、私の判断で講演活動ができました。受益権分離型(複層化)信託を中心に信託スキームの紹介を精力的に行います。その結果、この信託スキームが一気に世の中に知れ渡ります。それも束の間、F信託は2013年2月に開業したものの、複雑な事情により2014年3月に信託登録を返上することになります。数々の斬新な信託スキームを引っ提げていましたが開業から1年1カ月で消滅、伝説的信託会社になります。
F信託は本当に残念でした。が、登録に到るまで監督官庁からの様々なスキームチェックが嫌というほど入り、その過程で信託実務を回していくのに留意するべき点を学べたことは非常に大きな財産になっています。

そして民事信託のフィールドへ
F信託が廃業、私がフリーになることを知り、受益権分離型(複層化)信託を一緒にやれないかといろんな信託銀行、信託会社さんが声を掛けて下さいます。ただ、複雑なスキームなのでうまくかみ合いません。最終的には外資系L信託で受益権分離型信託を展開することになり入社しますが、こちらも海外本社と紆余曲折あり、時間が相当かかるとの判断から断念し数か月で去ります。
民事信託で信託スキームを展開していく選択肢しか残されていません。
私一人では難しかったのですが、そのタイミングでまたまた救世主が現れます!
O弁護士からお電話を頂きます。F信託時の顧問弁護士です。半年ぶりでした。
「小林さん、信託の方はどうしていますか?」
「民事信託でやるのであれば一緒にやりましょう!」
それからもう10年になり、O弁護士とコラボするような形で今に至っています。

2回にわたり私の履歴書的な感じでコラムを書かせて頂きました。
お付き合いいただきありがとうございました!
私が信託の机上理論と実務の間でどれだけ翻弄されたかお分かり頂けたかと思います。
次回からこれまでの経験を踏まえ、実務目線で信託について思うことを書かせて頂きます。

 

 

【プロフィール】

小林 智 氏

(有)コンサルティングネットワーク代表取締役、信託実務家

1967年大阪府生まれ。関西学院大学経済学部卒業

1990年山一證券入社。外資系保険会社を経て、みずほインベスターズ証券(現みずほ証券)プライベートバンキング部の立ち上げに参画。

その後、フランス資本のソシエテジェネラル信託銀行(現SMBC信託銀行)、独立系の富嶽信託取締役(管理型信託、関東財務局長[信]第7号)取締役、スイス資本のロンバー・オディエ信託を経て独立。

1998年からプライベートバンカーとして超富裕層向け相続・信託コンサルティング実務経験豊富。

信託銀行・信託会社における商事信託での実務経験を活かした民事信託コンサル実績多数、各方面(税理士、司法書士、弁護士)への信託実務指導も多数行う。