家族信託で長女が時限爆弾化するプロセス(なぜ長女は疑心暗鬼になるのか?)
前回からの続きです。
登場人物は前回同様(信託委託者兼受益者:父親、信託受託者:長男、 家族は長男の他に長女がいる)とします。
認知症対策として有効な家族信託が、将来発生する父親の相続の観点で見ると、長女(受託者以外の相続人)にはマイナスに作用します。
つまり、長女からすると家族信託のメリットがそのまま疑心暗鬼に繋がります。
まさに諸刃の剣です。
①財産名義が父親(委託者)から長男(受託者)に移転する
信託財産の名義が父親から長男(受託者)に変わることが裏目に出ます。
信託の部外者の長女にはどう映るか?
父親の相続発生時に長女が家族信託の存在すら知らなかった場合、相続前に財産名義が長男に移っていれば、長女は猜疑心しかないでしょう。
「お父さんが亡くなる前から兄は何をやっていたんだ!?」と言うことです。
従って、家族信託を設定する前に長女(受託者以外の法定相続人)も巻き込んだ話し合いは必須です。
家族信託を設定する前に長女に説明した場合でも、財産名義が父親から長男に移ることで長女が神経質になるのは避けられません。
父親の財産は相続発生後、長女自身の財産の一部になるからです。
②長男(受託者)の判断で信託財産を売買できる
信託設定後、長男(受託者)の判断で売買することができます。
だから、認知症対策になる訳です。
ですが、長女(受託者以外の法定相続人)からすると、
「父の財産をなぜ兄の判断だけで売買するんだ?」という心理になりかねません。
長女からすれば、父親の財産は将来の相続財産になりますので、父親自身の判断で売買すれば納得できるものも、長男の判断で売買した場合には、
「兄は勝手に何してくれてるんだ!」となります。
売買する場合は長男(受託者)の判断で可能ですが、やはり長女(受託者以外の相続人)への相談や共有は必須です。
③家族信託では信託財産から発生した収益は一旦長男(受託者)が受け取る
信託財産が土地であれば地代、建物であれば賃料、株式であれば配当が発生します。
これらの収益は信託財産の名義人である長男(受託者)の口座に振り込まれます。
その後、収益は長男(受託者)から父親(受益者)に信託配当として交付しますが、交付日や金額が不明瞭だったり、長男(受託者)自身の固有財産との線引きが不透明であれば、父親(受益者)が受取るべき金銭を長男(受託者)が流用したのではないか等、長女(他の相続人)の不信感を招きます。
お金の流れをガラス張りにしておくことは必須でしょう。
④遺言と違い、信託についてまだ一般的ではない
長女自身よく分かっていない「信託」を設定することで、
「兄が遺産分けで抜け駆けするために何か画策しているのでは?」
と長女(受託者以外の法定相続人)に不信感を抱かせてしまいます。
遺言であれば父親自身の意志が反映しているため納得するしかない心理にもなりますが、信託は事前に家族間で話し合いがされたとしても、その後の信託財産の維持管等で受託者以外に見えない部分が生じるため長女の猜疑心を拭い去ることはできません。
以上①~④が複雑に絡み、時間と共に長女の猜疑心が醸成されます。
認知症対策として家族信託を設定しても、相続発生後に「争族」にならないように信託をコントロールする必要があります。
受託者以外の相続人が時限爆弾化しないように。
ポイントの根底にあるのは「信託財産=将来の相続財産」という点です。
将来の長女自身の財産の一部になる父親の相続財産を、長男がフリーハンドであれこれやることへの警戒感があるということを念頭におくべきです
次回は長女を時限爆弾化しないようにするには?を解説させて頂きます。
【プロフィール】
小林 智 氏
(有)コンサルティングネットワーク代表取締役、信託実務家
1967年大阪府生まれ。関西学院大学経済学部卒業
1990年山一證券入社。外資系保険会社を経て、みずほインベスターズ証券(現みずほ証券)プライベートバンキング部の立ち上げに参画。
その後、フランス資本のソシエテジェネラル信託銀行(現SMBC信託銀行)、独立系の富嶽信託取締役(管理型信託、関東財務局長[信]第7号)取締役、スイス資本のロンバー・オディエ信託を経て独立。
1998年からプライベートバンカーとして超富裕層向け相続・信託コンサルティング実務経験豊富。
信託銀行・信託会社における商事信託での実務経験を活かした民事信託コンサル実績多数、各方面(税理士、司法書士、弁護士)への信託実務指導も多数行う。